2016年12月11日
宗教は寛容ではない。
それは人の深層意識と
残虐性とも結び付きやすく、
思込みと勘違いによって
却って世を乱すものであったりする。
しかしながら、
その残虐性、偏狭性、偏執性は
人の心を強く捉えるものである。
ウリスト的正義の名の元に
裁き殺し犯し滅ぼす。
それは甘美な果実らしく、日本でも
皇室揶揄で強く見られる
ウリスト的傾向である。
でも、多分ウリストの方が人はひかれるらしい。
カルトはそれ故滅びないし、
また、一般的なものほどカルト認定に弱く
カルト的傾向のものほど、弾圧マゾ妄想で
より一層その傾向を強めることが出来る。
さて、西早稲田には、日本シネを選定した
大歌人、俵巻さんも所属すると言われる
ウリスト文化な総本山がある。
アカヒ的発想はここで生まれ増幅される。
そして愛や平等を表書きに
信徒の勧誘活動が実施される。
性愛と歪んだ思想には関連があるかないかは
未調査だが、
キリストの持つカルト的傾向と信者の獲得は
資料的には非常に参考になる。
だが質の悪い信徒こそ
宗教の腐敗と退化、更には
カルト化に繋がっており、
その歴史は世界中で繰り返されてきた。
本来の信仰は己の弱さと向き合うためにある。
欲望を叶えるためではない。
その為に信仰を費やしてしまえば、
どんな修行とやらをしたとしても
人は安易に腐敗する。
Posted at 2016/12/11 12:16:39 | |
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