コメントはちょっと待ってくださいねー
書けるときに書いておかなきゃ…ね。
■面白くはないけどとある人のIDが消された件
自分は…面白くないけど、悲観をしてはいけないと思っている。
■自分は感情が強い人間だからこそ、
あまり感情に影響されないように心がけてる。
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■そういう意味では、感情に疎い面もまたあるし
その事で助かる事もまた、ある。
さてさて、ID削除の件と秘密保護法がリンクしだした
と言うのは面白いなあと思う。
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■色んな意見や賛成や反対があるのだけど
『法律が無くても』『秘密はあるしあった』事に
異論がある人はいないと思う。
そう、これって単に『成文化した』だけの話なんだよね。
成文法が成立したのは、例によって春秋戦国時代だ。
鄭の国の子産と言う宰相によってつくられた。
それまでは、自分の大好きな士会にしろ、
『文章ではなく、口伝』であり、
それこそが「支配層の特権」だっただよね。
つまり法律が形がないのは、
紛れもなく特権層を生む、と言う訳だ。
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■その時も『賢人』を中心に様々な批判があった。
晋の賢臣叔向や、あの孔子も批判的であり、
意外にもその批判は、
『あんたが死んだらどないスンネン』だったと言うのが面白い。

実際にはそれらの賢臣の死後
、ろくでもない輩に私物化されるより全然いいと言う事で
成文法は広がっていく。
要するにより悪い『エラー対策』の面が強くなっていった訳だ。
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■ちなみに成文法の一番の反対者は
礼の体現を理想とする孔子だった訳だが
彼は子産を尊敬していなかった訳ではない。
面倒なので人の言を借りてしまうけれど
>現代語訳
孔子が子産(しさん)についておっしゃいました、
「彼は四つの美徳を備えていた。行いは恭しく、主君に忠実で、民衆には慈愛をそそぎ、民衆を使役する時には道理を重んじた。」
>この子産は中国史上で初めての成文法(文章として規定された法律)を制定した人物でござる。それまでは文章として規定されない慣習法や不文法によって統治がなされていたのでござるが、結果として法が恣意的に運用されるのを避けるために青銅の鼎に法文を鋳込んだと伝えられているでござる。
この事がどのくらいすごいかといえば、とてもすごい事でござる。法律が(とくに行政法が)文章として形になっていればこそ、人々は法律と照らし合わせて行政を批判できるのでござる。要するに「政治はお偉い雲の上の人が神さまと相談してやってる訳の解らないもの」で無くしてしまったのでござる。
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■秘密保護法についても、
曲がりなりにも『成文化』されたと言うのは
それなりには意味がある。
「何処に書いてあるかよく分かんない規約」
じゃあ、よく分かんないんだよね。
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■
成文法の杞憂はこうやって、
試行錯誤の末に亡くなっていった訳(苦笑)
だから…誤字じゃないぞーってコメント頂いた方の
心配を自分はもっともだとも思うんだ。
そういう心配があってこそ、いい法律が育つ。
■正義とか悪じゃ無くて、
「心配はあってもいい」と言うのは
そこなんだよね。
と言う訳でまた続く。
Posted at 2013/12/26 21:29:39 | |
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