気がつけば、10万キロ間近で、キリバンでもとろうかと車を出した。
空は花冷え、雨をもって桜の色は官能を増した。
とある遺跡を目指す。
空はまるで冬のようで、
誰もいない遺跡でちょっとした法則を思索する。
最近、事実や法則を、
或いは己の感覚をblogで伝えたい情熱が褪せた。
多分自分の能力では伝えたいことは伝わらず
結局は風評被害を巻き起こすような、
そういう扇動的な、扇情的な輩に多くの人は耳を傾け、
いつかは飽きる。
反動で、聞いてくれる人や、気づく人もいるが
それを導くのは、多分己の役目ではない。
主水さんやMikkolaさんや桜総本家さんや、
器さんや、弘(二型)さんや、jawayさんや、silverfoxさんや、
きりがないので(本当は以下続く)
漏れた人はご容赦願いたいが
取り敢えずは己の役割ではなかろう。
さて、遺跡とは大抵は存在や位置に意義がある。
即ち敵がいて味方がいるからその位置に意味がある。
或いは、奇蹟や偶然がより見える場所であることが多い。
車に戻ろうとすると残照が目に入り、
見たことの無いような色合いに
近くをもう少し目指すことにした。
秋に桜が咲いたような錯覚に囚われる。
そこは古墳で少し丘になっている。
上には桜もある。残照に間に合うだろうか?
果たして残照は残っていた。
祠に手を合わせ、流石に少し急いだ。
日は隠れた、
雲の切れ間に、一筋だけ残照の名残がある。
秋の空色は一つの奇蹟を起こしたのか?
見たことのない桜が、そこにはあった。
そもそもはじめて来たのだが(笑)
どうも先日目にした吉兆は
はこの色の事だったのか?
とも思う。
瞬く間に残照は消え、夕闇が影絵を写し出した。
見事にキリバンを撮り損ねたが、(苦笑)
何だか許せる気がした。
今年は、桜の神様がどうも沢山の奇蹟を
見せてくれたように思う。
勿論、スマホを持って気ままに歩いただけで、
この写真の全てで、周りに誰もいなかったのは
何だか不思議で仕方なかった。
Posted at 2014/04/07 02:26:32 | |
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