書きだめ分を投下(更新の暇がない…)
神祐地には多数の巨木があります。
それ自体が神様とされている場合もあれば、
そうではない場合もありますね。
よく触ってパワーをなんて話がありますけど
あんまり触らない方がいい気がするというのが最近の結論です。
だって考えて下さい、木は動けませんから、
オヤジにスリスリされたら気が狂うでしょ??(笑)
とは言え、触って会話できる人もいるとかいないとか?
さて、神社の木は、御寺の木とはちょっと雰囲気が違います。
多分変に肥料をあげてないからかもしれませんけど。
錦の質がちょっと違ったりします。
御堂よりも杜を重視するのが
神社の特徴と言えるのかもしれませんね。
とは言えかつては習合されていたのも事実。
習合の本当の意味合いは
実は複雑に見えて単純、ですが
人に教えてもらう物ではないのですと。
何せ人間の潜在意識にある
宗教観はある程度似通っているので
(もちろん幾つかのパターンがありますけど)
そこを他の物に置き換えるのはそんなに難しくは無いそうで。
面白い事に仮に違和感を感じたとしても?
勘違いを正すという考えではなく
呉越同舟大同小異
その辺りは胸に収める物なのだそうです。
もう一つ言えば折りたたむ物なのですが
自分はその辺りは下手くそですね。
さて、そんな訳で
楽しい時間を過ごせた事に感謝でした。
大事なのは自分の縁を手繰る事であり
人の縁を左右しようとしてはいけないそうで
世の中はまだまだ不可思議な事で一杯ですが
人とは愚かなものであり
愚かを許せなくなれば人はやがて
機械にとって代わられてしまう。
(とは言っても愚かな人が増えすぎるとね)…
…という事を考えると
例えば…
手塚治虫は100年先を見ていたんだなあと
ふと思うのでした。
Posted at 2015/12/16 11:18:39 | |
トラックバック(0) |
神話ネタと昔話 | 日記