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徳小寺 無恒のブログ一覧

2021年10月23日 イイね!

全載 ランチはラーメン暖暮へ。

全載 ランチはラーメン暖暮へ。 先日は、急に思い立って、小田急 相模大野 ステーションスクエア にある、ラーメン暖暮へと。

風のウワサで、何やらラーメンが安い!と言う事で、地下の駐車場にクルマを止め、エレベーターで8階へ。

エレベーターを降りると、ほぼ、真ん前に『暖暮』がある。


小田急 相模大野 ステーションスクエア A館 エレベーター前の好位置に 暖暮 はある。

平日の、お昼をちょっと過ぎた辺りだったので、まだまだ客数は少なく、券売機の横には、


なんと!全載せが¥800―。今日のターゲットはコレだ。

麺固めでオーダーして、ほどなくターゲットがやって来た。

麺は細麺で、スープは見た目濃そうだが、意外にスッと入っていく感じだ。煮卵も、さすが絶妙な加減であっと言うまに完食。

いつまで、このプライスタグが続くのか分からないが、最近は、ラーメン一杯もエラク高くなってしまっているので、お店は大変かも知れないが実に助かるモンだ。

平日のランチ時には、色々なセットもあるので、それも楽しみだ。

 駅ビルの店舗なんだが、敷居も低くて駐車場もアリ。またまた、今度はランチを狙ってゆこうと思っている次第だ。


Posted at 2021/10/23 16:06:29 | コメント(0) | トラックバック(0) | 食べる | グルメ/料理
2021年10月19日 イイね!

完走 DATSUN は帰って来たぞ。富士号 桜号かく闘えり。

完走 DATSUN は帰って来たぞ。富士号 桜号かく闘えり。 ラリー開始の前日、監督の片山はメンバーを集めてこう言った

「我々は亀である。遅くとも確実に走れば、最後にはチャンスがある!だから無理はするな!」 と。

 実は、片山は現地に来て、欧州のライヴァルやアメ車の走りを見て、とても速さでは敵わない事を痛感したのだ。

 ここで実際の、DATSUN 210 の動力性能を見てみよう。

こうした資料は、さすが米国、ちゃんとした機関に、ちゃんと申請すると、なんと当時のテストデータが入手できるのだ。

では、DATSUN 210 のデータを見てみよう。各画像はクリックすると拡大するのでジックリ眺めて見て欲しい。


米国のテストでは微妙に 100Km/h に至らず、しかも 90Km/h までは35秒弱かかる・・・。300Km/hまで書かれたテストシートが寂しさを覚える(笑)


実にゆっくりした加速・・・北米でハイウェイに入れず白バイに先導された事は有名なハナシで。


各ミションレシオ。・・・この頃の国産車としてはフツウの動力性能なのだ。

 片山は、速さでは敵わないが、ラダーフレームに架装され、平行リーフリヂットの前後サスペンションを使った 210 の丈夫さ、耐久性を持ってすれば、この過酷なラリーを完走できると踏んだ訳だ。

 とにかく、この年の Mobilgas Trial は例年になく過酷で、途中、豪雨とそれに伴う洪水で、多くのクルマがリタイヤしてしまった。


とにかく豪雨で泥練路が各所で表れて多くのクルマがリタイヤしてしまった。


 洪水で増水した川水と泥沼にはまって クライスラー は、先に進めなくなり、豪雨の影響では無いが、走行中に転倒してナビゲータが車外に投げ出されて死亡してしまったモーリスマイナーなどなど、それ以外ににも立ち木に激突してリタイヤするクルマが多発してしまった。


こうした立ち木への激突事故も、この年は多発してしまった。事故が多く、この年を最後に豪州一周ラリーは中止となった。

 ラリーが進むに連れて、道端にクルマの残骸が目立つ様になった。

現地のナヴィゲーターは言った

「Mr ここで止まったら、ああなるんだと」

切ない言葉であった。

参加台数67台で、19日間の過酷なラリーを完走したのは、何と35台になっていた。

DATSUN は二台共完走し、難波が乗った富士号が総合24位でクラス優勝。もう一台が殆ど最下位であったが、クラスでは4位と、トヨタがクラウンで二年連続で出場していながら、完走さえできなかったのに、初出場で結果が残せたのは立派と言って良いだろう。


トヨタは前年もチャレンジしたが、この年も含めて完走できなかった。

 さらに DATSUN チームは、途中で事故を起こした モーリスマイナー を救援した事で、「スポーツマンシップ賞」も受賞した。


日産車ファンなら、超有名な写真。鯉のぼりを掲げてゴールのシーン。


 このラリーで、日産はより多くの事を学んだ。高速走行での振動問題。電気系の水対策・・・

ラリーは正に走る実験室だと。




Posted at 2021/10/19 00:18:48 | コメント(1) | トラックバック(0) | クルマ | クルマ
2021年10月18日 イイね!

豪州 日本人が車を作れるハズは無い!

豪州 日本人が車を作れるハズは無い!勝とうと思うな。

 よいよ出発の時、難波達は上司から意外な言葉を聞くことになった。

「勝とうと思うな。勝つよりも、壊れたら修理して必ず完走する事。そして何処がどう壊れたか、他のクルマは、どうだったか観察し、できればデータと取るんだ!」

 それは、難波達にとって屈辱的な言葉であった。競技に出るのに何故、勝利に拘ってはダメなのか?俺達は会社に期待されていないのか。

 そんな難波達であったが、オーストラリアに旅立つ日、羽田空港では、オーナーズクラブ他、大勢の人達が激励会を催してくれ、難波達を多いに元気付けさせてくれたのだった。

全部、日本製です。

 オーストラリアに着くなり、彼らにさらに苦しく辛い現実が待っていた。

 終戦から13年が経っており、過去の戦争の傷跡はたいしたことは無いだろう・・と予想していたのだが、実際にはそうでなかったのだ。

 領事館からは「多少、不愉快な事もあるでしょうが・・」と言われたのだが、食事中にクルマの日の丸が削り取られたり、何より、日本と言う『敗戦国』が、まだ戦争の痛手から立ち直っていないと思われており、何処へ行っても、同じ事を質問された。

 「これは全部、日本製のクルマか?」

 難波達は 「もちろん全部、日本製で出来ています!」


どうせアメリカから部品を買って組立ててるんだろ。そんな声が難波を苦しめた。

と答えるのだが、それでも「バッテリーは?ガラスは?タイヤはどこから輸入したのか?」と矢継ぎ早に質問してくるのだ。

 それも無理からぬ事であったのだ、なぜなら当時オーストラリアで国産車と呼べるものは、GMを国産化したホールデンくらいだったのだ。

 しかし、難波達を悩ませたのは、そんなナショナリズムだけではなかった。

 まずは、こんな小さなクルマに、三人も乗って参加する事に好奇の目が集まった。


ラリー前の「車検」。ここでも小さな DATSUN は注目を浴びた。

 しかし、サービス隊を持たない日産は、壊れたら自分達で直して走らなくてはいけなかったのだ。ドライヴァー二人は日本人、もう一人はナヴィゲーターとして現地から人を雇ったのだ。


1000cc にも満たない小さなクルマに三人も乗車してラリーを闘うなんて!?後席と前席の間には仮眠用の遮光カーテンが付けられていた。

今度は、そのナヴィゲーターから疑問を投げかけられてしまった。

「ラリーは軽いクルマが勝つんだ!日産は勝つ気が無いのか?」

難波は言葉の意味が分からなかった。「どうしてだ?」と聞き返すと、

「日産は競技だけでなく工具も売ろうとしているのか?」
「このクルマには、普通の倍の工具を積んでいるではないか?6丁で良いスパナを12丁、ボックスも24駒で良いのではないか?」

もっともである、残念だが当時の日産車は、エンジン周りは、英国のオースチンから技術供与を受けた「ストーンエンヂン」の流れで「インチ」。
それ以外は「メートル」のネジが使われていたので、必然的に工具が二倍分必要になってしまっていたのだ。


当時の日産は、英国のオースチンから技術供与された「ストーンエンヂン」の流れをくむエンヂンだったので、エンヂン周りは「インチネジ」が使われていた。

 それまで、当たり前と思っていたことが、国際的には当たり前で無い事に気づかされた。

930Kg の車重で、34馬力の小さなエンヂン。

最高速も99Km/h というクルマに大人3人乗車という、誰もが考えても無謀なラリーへの挑戦に難波たちは旅立っていったのだった。




Posted at 2021/10/18 00:12:27 | コメント(1) | トラックバック(0) | クルマ | クルマ
2021年10月17日 イイね!

挑戦 日本車は海外で闘えるのか。やってみよう。

挑戦 日本車は海外で闘えるのか。やってみよう。










謎のドラッグ・スター

 日産はその黎明期から、モータースポーツに感心が高かったと思われる。その初期からDATSUNロードスターを作っていたし、その後のサファリや、国内のGPにおいての活躍を見れば納得がいくだろう。


異様に太いタイヤとコケティッシュな外観がアンマッチ・・。外観に比べて内装は スパルタン そのもの。

 私が所有する、日産のモータースポーツの画像で面白いモノが、ここに上げた210型の画像である。

 これは、1969年の富士スピードウェイで行われた、サンデーレースのモノで、この210はいきなり表われて、大方の予想に反して、あれよあれよという間に決勝まで進んで優勝したクルマである。

 ワークスカーでなく、プライベーターのクルマであった為、エンジンスペック等はまったくの不明で、今だもって謎なクルマの一台である。

(どなたか、この210の詳細をご存知の方がいらっしゃったら、ぜひ情報を頂きたいのだが・・・閑話休題。)

 正式に日産のクルマが、国際競技の舞台に打って出たのは、これからさかのぼる 1958年 のオーストラリア一周ラリー(正式には Mobilgas Trial)からであった。

DATSUN は世界で戦えるのだろうか?

 まだ国産車のスピードの壁が 「100km/h」 だった頃、日産は自社の車が一体、どの位のレヴェルなのか判りかねていた。

 一番そのレヴェルを知る方法として、彼らは大胆にもいきなり国際的なラリーへの参加を考えた。

「どうせ出るなら一番過酷なモノ」と選んだのが、「オーストラリア一周ラリー」であった。 


オーストラリア大陸の一周16,000kmを19日掛けて走破するという過酷極まりないラリーが「Mobilgas Trial」だった。


 このラリーは、オーストラリア大陸一周16,000kmを、19日掛けて走破するというラリーであった。
 そのラリーには、サイドヴァルヴからOHVに変わった当時の最新型のダットサン210と、四人の若武者で出場する事になった。


(実験)難波靖治、(実験)大家義胤、(サーヴィス)三縄米吉、(工場組立)奥山一明 の四人の若武者が挑戦した。

 それを実現する為に社内をまとめたのが、当時宣伝課長であった Mr. K こと 片山 豊 であり、若武者の一人が後の NISMO社長 になった 難波靖治 だったのだ。

 ラリーの準備は、ほぼ半年前から始められた。まずは、片山が前年度、出場したトヨタに趣き、ラリーの様子やオーストラリアの事情を調べた。

 次ぎにクルマであるが、当時はまだチューニングという概念が無く、部品を強化するという手法が取られた。
 実際には、出場車用のダットサンの部品は工場で一番デキの良いモノが集められ、さらに熱処理を一段と加えて通常より強度を増すといった事がなされた。

 ドライヴァーの訓練は、吉原工場から太平洋側を周り下関へ出て、そこから日本海周りで吉原工場に戻り、さらにそこから太平洋側を回って、青森へ行き、日本海周りで吉原工場へ戻るといったコースを設定して、


富士川での水中走行訓練。まだ社内には、こういったテストコースが無かった


ノン・ストップで二周するという、約8,000kmの訓練を数度行い、さらにスピードに慣れる為に北海道の原野で訓練をした。

 ところで、何故この四人が選ばれたのか。それは、日産が絶対の完走を目指したからである。
 メンバーをもう一度確認してみると、基本的なドライヴィングは実験の2人、もう2人は、サブのドライヴァーの役目も担うが、クルマが壊れても確実に直せるようにサーヴィスと工場の組立工が選ばれたという事なのだ。

 そして過酷な走行テストを終えて、難波たちは未知の国、豪州へと旅立っていった。


豪州へと向かうメンバーへの「激励会」が羽田空港で行われた。


Posted at 2021/10/17 00:04:36 | コメント(1) | トラックバック(0) | クルマ | クルマ
2021年10月16日 イイね!

皆焼 在宅ワークのランチは「みんなのグリル」で。

皆焼 在宅ワークのランチは「みんなのグリル」で。 さてさて、「緊急事態宣言」もなんだか過去の事のようになってしまっているが、いえいえ、まだまだ次が…という事で、在宅ワークは継続中。

 ただ、このコロナ禍の間に、在宅ワークでもなんとかなるモンだと世の中が気付いてしまい、おそらく、在宅ワークがスタンダードになる気がする。

 そんな在宅ワークのお昼休み。以前から気になっていた、ニトリモールにある「みんなのグリル」へとなだれ込んでみた。

 とにかく、お昼直前まで WEB会議 が続いており、こりゃ遅くなるかも・・・と半ば諦めていたのだが、これがこれが、なんと 12時 を過ぎたところで終って、急いで自転車を漕いで「ニトリモール」の横にある「みんなのグリル」へと。

 ここの謳い文句は「お・ねだん以上」とどっかで聞いた事のあるような(笑)

 メニューを眺めてみると、


「さすがニトリ!お値段以上という事で、リーズナブルなプライスが並ぶ。

なかなかリーズナブルなプライスが並んでいる。

 まぁ値段だけ見れば・・・と言うのがよくあるパターンなんだが食べてみなければという事で、¥990- という実に魅力的な「リブステーキ 130g」と、「スープ・サラダ・ライスバー」¥350- の 計¥1,340- をオーダー。

 店内を見渡すと・・・・


ウッドを基調とした、落ち着いた雰囲気だ。ニトリの顧客以外にも近所の工事の作業者と思しき人も。


さすが、「いきなりステーキ」がいきなり開店して、いつの間にか、いきなり閉店して、突然開店した「みんなのグリル」という事で、前の店の雰囲気をちょっと残した感じだ。

 ほどなくオーダーした「リブステーキ 130g」がやって来た。


まぁ正直、見た目の華やかさはイマひとつだが、味は如何に!?

まぁ、見た目は、さすがに ¥990- という事で、「華」は無いが、ナイフを入れてみると、


焼き加減はオーダーしていないが、好みのミディアムレアで、一口食べると・・・

なかなか、絶妙な焼き加減で、実に美味しそうだ。じゃあという事で、ひとくち口に運ぶと・・・これが ¥990- とは思えないクオリティの味わい。

 しかも、スジも極少で柔らかい。 正直 ¥990- と言うプライスタグを考えれば、なかなかだと感じた。

ちなみに、周りでは ¥600 の『ハンバーグ』が人気だったが、漏れ聞こえる(笑)ハナシだと止めた方が良いみたいだった。

 このプライスでこのクオリティならランチには・・・という事で時計を見ると、もう時間が・・・

 あっ!次に食してみたいのは、


カレー好きとしては、これは試してみなければ・・・

 さてさて、次は何時になるんだろうかねぇ。


みんなのグリル ニトリモール ステーキ ランチ
Posted at 2021/10/16 00:04:55 | コメント(0) | トラックバック(0) | 食べる | グルメ/料理

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「後視 いやぁこんなに簡単なバックカメラがあったなんて!! http://cvw.jp/b/124785/23876370/
何シテル?   01/04 14:54
無類のクルマ好きで、日産車を愛してやみません。 徳小寺 無恒のHNを引っさげ、かつての愛車、ワインレッド・パール・ツゥートンのU14ブルーバードの話題を軸...

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