サイバーナヴィのブロガー向け発表会に招待された。
それじゃあ当日の様子など・・・といきなり当日の様子を書いたのでは徳小寺 無恒の名が廃る!?だろうという事で、実はどうしても発表会の席上で聞いた懐かしいブランド名について、暫くお付き合い願えないだろうか?
その名は
「LONESOME CAR-BOY」
北米の西部開拓時代のつわもの達「カーボーイ」と「CAR-BOY」を掛け合わしたネーミングだ。
今のパイオニアのブランドは「carrozzeria」が有名だが、実はその前に国産のカーオーディで忘れてはならないブランドがあった、それが
「LONESOME CAR-BOY」 という訳だ。
この発表会の冒頭で、僕はこのネーミングを聞き、ここで少し皆さんにその歴史を紹介したいと思った訳なのだ。
まずはカーオーディオの歴史を紐解いてみよう。
カーオーディオと言えるかは少々考えたが、クルマという空間に音楽という文化が入り込んだのは「1923年」、キャデラックにAMラヂオが搭載されたのがその走りだと思う。
そして本当に音楽が楽しめる「デッキ」と言う物が出てきたのは「1963年」、米国で
「4トラック」カーステ(カーステレオ)が開発されたのが最初だろう。
そして、ちょっぴり年代の上のドライヴァーなら知っているだろう懐かしの
「8トラック」 が出て来たのが「1965年」。僕の小さな頃は、カーオーディオといえば
「8トラ」 が定番だったものだ。
手のひらより少し大きなぶ厚いカセットを、デッキに差し込む。
そこから聞える音楽を楽しんだモノだ。(閑話休題)
その「8トラ」が標準で搭載されたのが、これまたアメ車で「1967年」フォード・サンダーバードに載せられたのだ。これぞまさにカーオーディオの文明開化と言えるだろう。。。
それから約10年・・・きっとCDやMDなどの世代に皆さんも知っている、普通のカセットテープが聞けるデッキがパイオニアから出たのが、記憶では
「1976年」 、ここから本格的なカーオーディの世界が始まったと言えるだろう。
その頃、確か「1979年」ころ、パイオニアが「ロールス・ロイス」に
「LONESOME CAR-BOY」 が純正で採用・・な~んてCMをやっていたような気がするのだ。
僕はそのCMにいたく感動して、パイオニアのカタログを集めるようになったと言う次第で、TOP画像のカタログは一番古いもので約30年くらい前のものである。
その頃の「テープデッキ」はこんな感じだ。
今から見れば、どうってないデザインだが、それまでの現代の商用車のAMラヂオに毛が生えた様なデッキしか見たことの無かった我々にとって、ホームオーディオ並みのヘアライン処理されたアルミボディのデザインが眩しく思えたものだ。
しかし、これだけではラヂオは聞けなかった。。。ラヂオを聞くには、さらに「チューナー」を買わないといけなかった。
これに専用の「アンテナ」を買って・・とまさにホームオーディオと同じ様に、機能別に必要なモノをそろえなければ、カーステは成立しなかった・・という今から思えば手間隙掛かるシロモノだった。
ここで皆さんもお気づきだろうが、「チューナー」の下のモデル「GX-7」だが、見ての通りというか、レトロチックな手回しチャンネルTVと同じデザインだが、まさに
「TVの音声」 が聞けるチューナーであった。
しかし・・・僕は残念ながらこの「GX-7」の実物は見た事が無い。。。
一応はFMも聞けるのだが、「TVの音」だけ聞いてもねぇ・・というのが、僕達の認識だった。企画は良かったがそれが実情に伴わなかった。。。
日産お得意の「忘れて下さい」と同じように、パイオニアにもこうした「忘れてほしい」、「触れないで欲しい」という商品があった事は非常に興味深いではないか。
さらに注意して欲しいのはその横幅。
現代のモノはDINサイズで約180mmなのだが、この頃のものは約150mm。。。(GX-7は122mm!!!)
どうしてナローサイズなのかは次回に紹介したいと思う。
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Posted at
2007/05/13 01:22:58