
2005年、日本GP直前に ホンダが記者会見で「新チームにエンジンを供給する用意がある」と明らかにしました。
ホンダとしては、自チームから放出する事になる琢磨の行き先を用意するという意味もあったのかもしれません。
ホンダが明らかにした 新チームと言うのが、元F1ドライバーの鈴木亜久里が興した“スーパーアグリ”だった訳ですが、F1チームを運営するにはあまりにも脆弱で、常に資金難状態でした。
さらには、エンジン以外でもホンダからのバックアップ(事実上のホンダ(BAR)のカスタマーシャーシでの参戦)を想定していたものの、レギュレーションで許されない為、10月末にホンダからシャーシ提供は出来ないと伝えられ、2006年参戦マシンの当てが無くなります。
困ったスーパーアグリは、2002年を以てF1から撤退したアロウズのA23をベースに2006年用のマシン SA05 を仕立て上げ、何とか開幕戦に間に合わせたのです。
ちなみに、スーパーアグリの主要スタッフは、アロウズを運営していたTWR(Tom Walkinshaw Racing)系のメンバーが名を連ねており、それが 2002年製という古いアロウズ A23を使う事になった理由なんでしょうね。(そう言えば、亜久里もフットワーク(後のアロウズ)に乗っていましたね)
スーパーアグリ SA05/SA06(2006年)
この年、スーパーアグリは、開幕戦に間に合わせるだけの SA05と、2006年用の本命マシン SA06を投入します。
ちなみに SA06も A23をベースとするマシンです。
SA06にはフロントサスをアップデートした SA06Bもあるなど、シーズン中に複数回のアップデートをするなど、積極的に開発しているように見えなくもないですが、実際には開幕までに用意出来なかっただけなのです。
スーパーアグリ SA07(2007年)
2007年のSA07は、公式には自前で開発したマシンとなっていますが、見た目は ホンダの2006年用のマシン RA106に酷似しています。
実際、ライバルチーム(まあ、スーパーアグリを気にするのは、同じくテールエンダーだった ウィリアムズやスパイカーくらいでしたが…)からコンコルド協定違反であると指摘され、最終的には提訴もされました。
ただ、この年はマクラーレンのスパイゲートがあり、マクラーレンがリザルトから除外された為、その分 分配金が増えた事もあって カスタマーシャーシ問題がこれ以上拗れる事はありませんでした。(2010年を以って使用禁止となるが、それまではトロ・ロッソとスーパーアグリの2チームは、カスタマーシャーシの使用を認められた)
スーパーアグリ SA08(2008年)
2008年のSA08は、カスタマーシャーシ使用が認められたことから、ホンダの2007年用マシン RA107をベースに開発されました。
上の写真が SA08で……
こちらが RA107。
ソックリですね。(笑)
前述の通り、RA107は その意欲的なコンセプトをものに出来ず、失敗作の烙印を押されましたが、そのRA107をベースにするという事は、実は 翌年にデビューする予定だった RA109への先行テストの意味もあったんじゃないかと、私は思っていました。
ただ、スーパーアグリの財政状況は火の車でした。(まー、それは参戦初年度から同じなのですが…)
2008年は開幕前のテストも参加せず、開幕以降も毎戦出場を危ぶまれながら第4戦スペインGPまでは参戦していたのですが……
第5戦 トルコGPを目前にした 5月6日、チーム代表の鈴木亜久里が会見を開き、F1からの撤退を発表、トルコGPのグリッドにマシンを並べる事はありませんでした。
鈴木亜久里には失礼ですが、ハッキリ言って 亜久里レベルではF1チームを運営するには無理があったと思います。
何せ、あのアラン・プロストですら数年でチームを消滅させてしまったくらいですから。
プロストGPの場合、リジェという既存のチームを買収しておきながらですから、如何にF1チームの運営が難しいかが分かります。(リジェは、プロスト買収の前年にモナコGPを制するなど、実績のあるチームでした)
私は、当時は「亜久里は形だけの代表で、実際はホンダが活動資金を出してるんだろ!?」と思っていましたが、亜久里はこの3年間で相当苦労したようです。
もしかしたら、当初は私が勘ぐったようにホンダの100%支援の約束があったものの、景気後退でホンダも支援し切れなくなったのかもしれませんけど……
これがバブルの頃なら、いくらでもスポンサーが見つかったんだろうけどね。
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Posted at
2021/06/19 16:46:33