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タケラッタのブログ一覧

2020年11月14日 イイね!

スターリング ノヴァ

スターリング ノヴァ本日の第3部。


東名に乗ると、スマホで確認した交通情報では無かった渋滞が……


場所は大和トンネルの手前、いつもの場所です。


もう始まっていたのか、交通情報は古かったのか……と思いましたが、大和トンネルよりも手前で発生した事故による渋滞で、そこを抜ければ順調に流れていました。


横浜青葉から首都高(K7)に乗り、トンネルでは3速に落として、無意味にエキゾーストノートを響かせたりして遊んでました。(汗)






大黒PAに到着すると……イタ―ッ!




みん友の “れおん&こまち” さんのフェラーリF355です。(←356ではない)


折角なので、ご夫妻にエキシージに座ってもらいました。



エキシージ、狭いっしょ。






お知り合いの方(白いF355チャレンジ)と楽しく談笑。



暗くなってきたので解散&帰宅となったのですが……


ローソン前に一際存在感のある車がっ!



なんじゃ、こりゃ!(松田優作?)







スターリング ノヴァ

異様に低いスタイリング、そして まるで戦闘機のキャノピーの様な開閉方法は、今まで見た事のない車です。




この車、いわゆるキットカーで、ベースは なんとVWビートルなんです。(だからRRよん)


元々はイギリスで設計された車なのですが、アメリカで生産された車だそうです。


エンジンはビートルの水平対向4気筒、1600ccのやつを積んでいるとの事。


とはいえ、キットカーですから、エンジンは好きなエンジンに乗せ換えたりするようで、凄い人はアメリカンV8を積んじゃう人もいるようです。


とは言え、オリジナルがビートルの水平対向4気筒ですから、水平対向エンジンとの親和性が高いです。


一時期、SUBARUのフラット6を積む事が流行ったそうな。(EZ36かな?)


エンジンへのアクセスは、こんな感じで黒いルーバー部分を開けて……



(さらに、白いカバーを開ける必要がありますが、思ったより容易にアクセス出来そうです)






一度お別れした筈の れおん&こまちさん夫妻も加わって、またまた車談義を再開。



まあ、この車を見たら そうなるよねー。(汗)



スターリング ノヴァは、キットカーとしては結構多く制作されたそうで、1000台くらい作られているそうです。


もっとも、日本には2台くらいしかないらしく、この車を目撃できることなどそうありません。


我々以外にも、興味津々って感じで見に来た人たちが現れていました。




ただ、残念だったのは、暗かったので、良い写真があまり撮れませんでした。


出来れば、昼間 明るいところでまた見てみたいですね!
Posted at 2020/11/15 00:56:43 | コメント(4) | トラックバック(0) | 大黒PA | 日記
2020年11月14日 イイね!

Go To グータン

Go To グータン本日の第2部。


Go To トラベルも、Go To イートも使っていませんが、飲食業界を応援するために、お金を落としに来ました。(←ただ腹が減っていただけです)


腹が減っていたのなら、何故、箱根からわざわざ山中湖まで? と言われそうですが、実は エキシージの燃料が少なくなっていて、早々に給油したかったのです。(エキシージも、腹が減っていたんだね!)


箱根のガソリンスタンドで給油するより、御殿場市街のスタンドの方が安いと思い、箱根を後にしました。


御殿場のGS、確かに安かったけど、楽天ポイントを使おうとしたら、現金が併用できなくて、満タンに出来なかった。orz






山中湖 グータンに着いたのは 11:45頃。

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完全に昼飯時です。


以前、昼飯時を外していったのに、駐車場がいっぱいで入れない事があったので、ちょっと心配でした。


混んでいるかなー、と思いましたが、意外や1組のお客しかいなくて拍子抜け。


今日は、穏やかな天気で暖かでしたが、店内ではストーブが焚かれていました。

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まー、山中湖村は寒いですからねー。(冬の時期は来れません。SUBARUに乗っていた頃は、雪なんか気にせずドライブに来てましたけど……)






本日は プチ贅沢ランチ(\2000- 税別)を頂きます。


メインに、サラダ、ガーリックトーストと、ケーキ、コーヒー or 紅茶が付きます。


まずはサラダ。

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ガーリックトーストに、

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メインは、デミグラスハンバーグ(ライス付き)

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手作りケーキは、ベイクドチーズケーキ(ガトーショコラも選べます)

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ケーキの横にはアイスクリームも付いてました。


メインは、まだ食べたことが無いデミグラスオムライスと悩みましたが、ガッツリと食いたかったので肉(ハンバーグ)にしました。


空腹時には、お蕎麦よりこっちの方が腹にたまって満足度が高いです。(ダイエット? 何それ? おいしいの?)






帰りはそのまま道志みちで。


常に遅い先導車がいて自分のペースで走れませんでしたが、まあ、土日は交通量も多いのでそういう時もあります。(←イラついて、煽っちゃダメよ!)


厚木で、ガソリンスタンドによって、今度こそ満タンに。(御殿場よりも安かったっす)


このまま帰ろうか? それとももう少し走るか?


なんとなく、これから大黒PAに行ったら、千葉フォルニアに行っているみん友さんに会えそうな気がする。


スマホで交通情報を確認すると、東名はまだ混んでいない。


よし、大黒に行こう!





しかし、いざ東名に乗ると、交通情報には無かった渋滞が……。orz





つづく
Posted at 2020/11/15 00:17:52 | コメント(2) | トラックバック(0) | エキシージ | 日記
2020年11月14日 イイね!

箱根が俺を呼んでいるっ!

箱根が俺を呼んでいるっ!昨日の天気予報で、今日は1日良い天気だと言っていました。


その時点でドライブに出掛けるのは決定。


あとは、どこに行くかです。


昨日、みん友さんが “何シテル?” に書き込んだ中に、「箱根に行く」人と、「外苑のイチョウ並木に行く」人がいましたが……


気分的には、澄み切った青空の下でオープンで走りたい……それなら箱根かな~


その為には、渋滞に巻き込まれないよう、早めに出発しなくては。


しかし、そんな時に限って寝坊するという……


「時間的には『外苑』かな~」


そう思いながらガレージに向かう……ふと西を見ると、富士山がクッキリと見えます。

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「うおおっ、富士山が俺を呼んでいるっ!」


はい、行き先は箱根に決定。(汗)






いつもより1時間以上遅く出発した為、そこかしこで渋滞に嵌りましたが、大渋滞ではなかったため、9時過ぎにはターンパイク入口に到着しました。

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料金所寄りにバイクの集団がいて、料金所からはだいぶ離れた位置に車を停めます。


その間にも、続々とバイクがやってきて……天気がいいから、みんな考えることは同じですねー。






ターンパイクに来たからには、いつもの御所の入 駐車場でも撮影。

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朝方だと、ちょっと逆光ぎみになっちゃいます。(落葉しているので、陽は当たっていますが……)






大観山に着きましたが、車がいっぱいです。


富士山をバックに撮影できるポイントに空きは無し。


まあ、今日は絶景だけに、みんな撮りたがるので競争率が高過ぎです。


運が良ければ、下の様な写真が撮れるのですが……

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ま、仕方が無いので、ラウンジから富士山のみを撮影。

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雪、少ないですねー。


車に戻ると、横にはスーパー7が停まっていて……私のエキシージが取り囲まれちょる。(汗)

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私よりも年上のおじさまたち(隣に停まっているスーパー7のグループでした)から、色々とエキシージについて聞かれました。


ま、スーパー7は元々はロータスですし、軽量スポーツカーにも興味があるのでしょう。(と言っても、エキシージは1180kg……スーパー7の倍以上ですがね)




おじさまたちはエキシージが気になったようですが、私はスーパー7が気になります。


何か、ドアがついてるんですけど……

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なんでも、お仲間に板金屋さんがいて、オリジナルのドアパネルを作っちゃったんだそうです。


今日は付いていませんが、ルーフパネルもあるそうで、とってもカッコいいんだそう……




もう一台の方は、トヨタの4A-Gエンジンを積んでいるそう(しかも5バルブの奴)

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えっ、500kgそこそこのスーパー7にそんなエンジンを積んでたら、エキシージより速いんじゃね?




他にも、今日は乗ってきてはいないけどホンダNSX(初代)をお持ちの方がいて、しかも6800kmという超低走行車だという……


タケラッタも元々はホンダ乗りであり、昔のホンダの話題で盛り上がりました。


もっとも、S600(←S660ではない)もお持ちとの事で、年期が違いすぎますが。(汗)


お互い、今のホンダ車には興味が無いということで一致、偶然通りかかった、現行シビック TypeRを見て「カッコ悪いよねー」と言い合ってました。(笑)






大観山で富士山をバックにした写真を取り損ねたので、芦ノ湖スカイラインでリベンジを図ることにしました。(芦ノ湖スカイライン、値上げしてから初めて通りました)


とは言え、芦ノ湖スカイラインも観光客でいっぱい。


杓子峠には4,5台の車がいて、そもそも車が停められず。


三国峠は駐車スペースが広い為、停められない事はありませんでしたが、「三国峠」と書かれた石碑付近にはアルファロメオのグループが車を並べた状態で話し込んでいる為、その場所は空きそうもない。(そういえば、大観山のスペースに並んでいたのも、このアルファロメオの集団だったなぁ)


ま、富士山をバックにした写真が撮れたからいっか。

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にしても、いい天気でしたねー。


思わず、運転中にカメラを構えて、写真を撮っちゃいました。

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さて、昼食です。


当初予定では、先日、箱根にツーリングに行っていたみん友さんたちが訪れたお店が雰囲気が良さそうだったので、そこでお蕎麦を頂こうと思っていました。


ただ、思った以上に腹が減って来て「ガッツリと食いたい!」と思い始めたので、こちらで食すことに。

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つづく
Posted at 2020/11/14 23:40:17 | コメント(3) | トラックバック(0) | エキシージ | 日記
2020年11月13日 イイね!

日産の2020年度上期決算発表と、次期ノート

日産の2020年度上期決算発表と、次期ノート日産自動車は11月12日、2020年度の上期決算を発表しました。


ちなみに、昨日は大作ブログ(笑)を執筆していた為、一日遅れとなっています。(汗)





先日、トヨタの第2四半期決算についても、ブログに書きました。


トヨタの第2四半期の営業収益は5199億円の黒字、さすがトヨタって感じの決算内容でした。


トヨタだけではなく、他のメーカーも、新型コロナウィルスの影響を受けて壊滅的だった第1四半期(4~6月)から、第2四半期(7~9月)は急回復。


特に9月は、トヨタが約84万2000台(+11.7%)、ホンダが約47万3000台(+9.9%)、スズキが約29万3000台(+19.1%)、スバルが約9万6000台(+13.0%)と、4社が 9月としての過去最高を記録した事は 既報 の通り。


そんな中、日産(と三菱)だけは2桁のマイナス(日産は-20.0%、三菱-39.9%)と厳しい状況が続いていました。


各社が上期決算を発表する中、日産だけが決算を発表しないものだから、もしかして決算発表出来ないくらいヤバいのかと思ってました。(汗)





ようやく発表された日産の上期決算は最終赤字3299億円と、やはり厳しい状況に変わりは無いようです。


通期予想は最終損益が6150億円の赤字を見込むとの事ですが、これは当初予想(6700億円の赤字)から550億円改善していますから、少しは明るい兆しがあると言えるかもしれません。


業績見通しを上方修正した要因は、販売台数が当初予想の2.1%増の見通しだというのですが……大丈夫かなぁ?


「販売台数は下期に前年並みに回復すると見込んでいる」って言うけど、その根拠は?(9月も-20.0%ですよ?)


Nissan NEXTでぶち上げた「12の新型車を投入」も、殆どが2021年の登場の様ですが……

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って言うか、キックス と 新型コンパクト(次期ノートですね)以外、ほぼ海外向けの車じゃん!


多分、フェアレディ、ローグ(エクストレイル)、アリア以外は、国内投入は無いでしょう。


まあ、株式会社ですから、儲かる場所で、儲かる車だけを売るっていうのも分からないではないですが……もう少し “本国” を大事にして欲しいですねー。


内田社長は記者会見の最後を「日産はこんなものじゃない」と言って締めくくったようですが、だとしたら “こんなものじゃない” っていう実力をもっと早くに発揮して欲しかったですね。







さて、日産の現状を考えると、現首脳陣の主張は強がりにしか聞こえないものの、希望を感じるニュースもありました。


日産が、10月上旬にオンライン開催したアーヘン・コロッキウムで発表した、次世代e-POWER専用エンジンです。

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エンジン形式:1.5ℓ / 3気筒 / ターボ過給
内径x行程 (S/B比):79.7mm x 100.2mm (1.26)
コンロッド長:150.3 mm
圧縮比:13.5
最高出力発揮時エンジン回転数:4800 rpm
バルブトレーン:Roller Rocker
燃料噴射/インジェクター位置:Direct Injection/Central Injection
ターボチャージャー:Fixed Geometry Turbocharger



特徴的なのは、ストロークが100.2mmという超ロングストロークエンジンである事、過給(ターボ)エンジンでありながら圧縮比が13.5という超高圧縮エンジンである事。


これらは、全て高効率のためです。(その為に、直噴だとか、早閉じによるミラーサイクルが採用されている)


このエンジン、期待大です。


実は私、大ヒットとなった日産の e-Power をあまり評価していませんでした。


ストップ&ゴーの多い市街地では、減速時にエネルギー回生が出来るハイブリッド故に燃費は良くなりますが、一定速度で走る高速道路などでは、その利点が生きません。


むしろ、一旦、エンジンの動力を電気エネルギーに変換している為、物理法則上100%のエネルギー変換が無い事から、効率を落している事になります。


なので、私は e-Powerと同じシリーズハイブリッドでも、一定以上の速度になるとエンジンの動力で走るホンダのシステムの方が上だと思っているのです。





しかし、次世代e-POWER専用エンジンはいいです。


発電に徹する e-POWERのエンジンは、広い回転数に及んだドライバビリティは考える必要はありません。


ひたすら、効率の良い回転数で発電に徹してさえばいいのです。(まあ、それなりに発電量の増減に対応する必要はありますが、直接動力に使う場合のようなフレキシビリティはいらないでしょう)


超ロングストロークだと高回転が辛くなりますが、発電に徹する e-POWERのエンジンならば高回転まで回る必要はないでしょう。


e-POWERに特化したエンジン故に達成できた高効率です。


そう考えれば、エネルギー変換によって発するロスも、高効率な専用エンジンとするための必要経費と考えられます。


このエンジン、次期ノートに搭載されるのでしょうか?


だとしたら、次期ノートは相当期待できる車になると思います。


変換ロス故に、ヨーロッパ展開が出来なかった e-POWERも、このエンジンであればヨーロッパ市場でも受け入れられると思います。





「日産はこんなものじゃない」


この言葉は、ライバルが多いEVのアリアより、新型ノート(次世代e-POWER専用エンジン)にこそ相応しいと思います。


だから、早く出してよ、日産さん!
Posted at 2020/11/13 23:59:13 | コメント(2) | トラックバック(0) | 日産 | 日記
2020年11月12日 イイね!

ジャン・アレジの駆ったマシンたち

ジャン・アレジの駆ったマシンたち昨日、ジャン・アレジ親子の話題をブログにしました。


その中で、アレジ(もちろん、ジャンの方)の事を『レジェンド』と書きました。(← 世界初のレベル3自動運転車の事じゃありません)


通算成績がわずか1勝のドライバーがレジェンド? と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、アレジはマシンに恵まれませんでした。


そこで、以前、アイルトン・セナフェルナンド・アロンソ でもブログ記事にしたように、“ジャン・アレジが駆ったF1マシンたち” を振り返ってみたいと思います。


なお、アイルトン・セナの駆ったマシンたち には 番外編 もあります。





1989/1990年、ティレル 018



1989年、アレジは エディ・ジョーダンのチームで国際F3000を戦っていました。

そんなアレジにチャンスが訪れます。

ティレルが第7戦フランスGPからキャメルのスポンサードを受ける事になるのですが、そうするとマールボロドライバーのミケーレ・アルボレートを使い続けるわけにはいかなくなります。

そこで、アレジに白羽の矢が立ちます。

このチャンスを、アレジはモノにします。

デビューレースでいきなり4位入賞を果たし、注目を浴びました。

ただ、アレジはチャンピオン争いをしていた国際F3000を優先させたため、F1は数戦を欠場しています。(なお、アレジはこの年の国際F3000チャンピオンを獲得しました)


翌年、アレジはティレルでF1フル参戦。(ちなみに、チームメイトは中嶋悟)

ティレルは、1990年も序盤(2戦)を 018 で戦いました。

このマシンでアレジは、開幕戦のアメリカGPではスタートでトップに立ち、34周目までラップリーダーとなります。



35周目にマクラーレンのアイルトン・セナに抜かれたものの、次のコーナーで再び抜き返すというバトルを演じたのでした。







1990年、ティレル 019



ノーズは低いものという常識を覆したハイノーズを初めて採用したマシン。

床面(ディフューザー)でダウンフォースを得る為にはなるべく多くの空気を床面に流す必要があり、理論的にはハイノーズの有効性は分かっていたものの、実際にその姿を見た時は衝撃的でした。

低い位置にあるフロントウィングをハイノーズに取り付ける為、ステーを斜め下に伸ばした形状が旧いアメリカの戦闘機「F4U コルセア」のような形状だった為、「コルセアウィング」と呼ばれました。

このマシンのコンセプトは、翌年以降、他チームにも広がっていきました。


ティレル 019は、ワークスチームが搭載するハイパワーなエンジンではなく、非力なフォードV8(DFR)エンジンを搭載していましたが、その優れたエアロ性能などから、アレジが第4戦モナコGPでも2位に入ったものの、それ以降は中嶋が6位を2回するだけに終わります。

まぁ、この年はマシンがどうのと言うより、ティレルの履くピレリタイヤと 他の有力チームが履いていたグッドイヤーとの性能差が大きかったですね。

とにかく暑さに弱く、シーズン序盤こそグッドイヤー勢より速かったものの、シーズンが進むにつれてメロメロになりました。(汗)


1990年の序盤に見せた印象的な走りの為、シーズンが深まる前に来年の移籍交渉が始まり、アレジはウィリアムズと仮契約します。

しかし、フランス人とは言え、両親がイタリアのシチリア出身と言う事もあり、アレジにとっては後から話を持ってきたフェラーリからの誘いは断り難いものがありました。

結局、フェラーリがウィリアムズから契約を買い取る形でフェラーリ入りが決まったのです。






1991年、フェラーリ 642/643



1991年、フェラーリは序盤の6戦を昨年のマシン 641の発展型である 642で戦います。

1990年にプロストが5勝し、チャンピオン争いを繰り広げた名車(ちなみに、マンセルも1勝している)の発展型ではあったものの、好調だったのは開幕前のテストまでで、シーズンが始まると失速。

特に第3戦サンマリノGPは悲惨でした。

雨の中、プロストがフォーメーションラップ中にスピンし、スターティンググリッドに着くことなくそのままリタイア。

そして、アレジまでもが2周目にオーバースピードでコースアウト、グラベルに嵌りリタイア。

地元のフェラーリが2台揃ってレース序盤に姿を消してしまったのでした。


第7戦からは、643 が導入されました。



アレジが前年に乗っていた ティレル 019の設計にも関わっていたジャン=クロード・ミジョーが設計に参画し、フェラーリにもモノコック先端が持ち上げられたハイノーズが導入されました。

満を持しての新型投入だった 643 ですが、劣勢を挽回することは出来ませんでした。

不甲斐ないチームに対して批判的な言動を行っていたプロストは、日本GP後にチームから解雇されてしまいます。

結局、フェラーリは5シーズンぶりに未勝利に終わりました。






1992年、フェラーリ F92A



意欲的な二重底(ダブルデッキ)構造を持つ F92Aは、サイドポンツーンの吸気口がフレッシュエアを取り込めるようにボディ面から離されている事もあり、まるでジェット戦闘機の様な外観を持っていました。

しかし、その意欲的な構造も、狙ったような効果を得ることが出来ませんでした。

持ち上げられたサイドポンツーンとアンダーパネルとの間の隙間にフレッシュエアを通してリアエンドにより多くの気流を送り込み、ディフューザーの排出効率を高める……そう、ダブルデッキはハイノーズと同じ狙いだったのです。

しかし、ダブルデッキ構造は、ラジエータなどの補器類の搭載位置が高くなる為、重心も高くなってしまいナーバスな操縦性となってしまいました。

1992年も未勝利に終わり、コンストラクターズ獲得ポイントはわずか21点しか獲得できませんでした。





1993年、フェラーリ F93A



チームメイトは、マクラーレンからフェラーリに復帰したゲルハルト・ベルガーになりました。

カラーリングも、フェラーリ黄金期の1970年代(フェラーリ・312T)を再現した、白いストライプが追加されました。

F93A で、フェラーリもライバルに追いつくべく、アクティブサスペンションを採用します。

しかし、開発期間が短かったためか、トラブルが多発、16戦中、アレジが9戦、ベルガーが7戦リタイアに終わります。

1993年も未勝利に終わり、フェラーリは3年連続で勝利から見放されたのです。





1994年、フェラーリ 412T1/412T1B



640シリーズを設計したジョン・バーナードがフェラーリに復帰し、設計したマシン。

特徴的なNACAダクト状のインテークなど革新的なマシンでしたが、冷却系統に問題があり(汗)、結局、シーズン途中でインテークが一部拡大されました。



この年、第3戦サンマリノGPでのローランド・ラッツェンバーガー、そして アイルトン・セナの事故死があった為、レギュレーション改訂が行われました。(ちなみに、アレジも開幕戦後のテストで負傷。第2戦パシフィックGPと第3戦サンマリノGPを欠場しています)



レギュレーション改訂に対応したBスペックで、サイドポンツーンは平凡な形状となりました。

バンク角度を75度まで拡大した改良型エンジンはパワフルで、高速コースでは速さを見せ、第9戦ドイツGPでベルガーがフェラーリに3年半ぶりの勝利をもたらしました。

ただ、信頼性不足は相変わらずで、第12戦イタリアGPで首位を走っていたアレジの初勝利は、ギアボックストラブルで消えました。





1995年、フェラーリ 412T2



1992年から続いたエアロを攻めたマシンは、期待した効果は得られず、逆に神経質なマシンとなってしまっていた為、1995年は打って変わって保守的なマシンとなりました。

その結果、ウィリアムズとベネトン2強を上回る事は出来ずとも、食らいつくまでは出来るようになります。

そして、第6戦カナダGPで、遂にアレジは初勝利を迎えたのです。



ま、ベネトンのミハエル・シューマッハのマシントラブルで得られたトップチェッカーではありましたけど……。

カーナンバー27のフェラーリに乗るアレジが、ジル・ヴィルヌーヴの名がついたサーキットで勝利、また、決勝が行なわれた6月11日はアレジ自身の誕生日でもあるなど、因縁尽くめの勝利でした。

ただ、カナダGP以外でも 412T2がトップを走る事が何戦かあったものの、トラブルが勝利を妨げ、この年はこの1勝のみに終わります。(アレジは17戦中8戦リタイア)


フェラーリで初勝利したアレジでしたが、チームはシューマッハを選びます。

第11戦ベルギーGP前に、フェラーリは1996年にミハエル・シューマッハとの契約を発表、同時にベネトンもアレジとの契約を発表します。(その後、ベルガーもベネトンへの移籍を発表、チーム間でドライバーをトレードする形になりました)






1996年、ベネトン B196



アレジは、勝利は無かったものの、2位4回、3位4回など、手堅くポイントを稼ぎ、フェラーリ時代を上回るシリーズ成績を残します。

但し、シューマッハが勝ちまくり、チャンピオンを獲得していたチームにとって、未勝利は許容できるものではなく、アレジの評価は低くなっていきます。

ただ、それまでのベネトンのマシンは「シューマッハ・スペシャル」的な尖ったマシンであり、シューマッハ以外のドライバーに同じ成績を上げろというのは酷なものでした。





1997年、ベネトン B197



ベネトンを支えた、ロス・ブラウン、ロリー・バーンが去り、ベネトンは急速に競争力を失っていきます。(ちなみに、ロス・ブラウン、ロリー・バーンはフェラーリに移籍、シューマッハと共に ベネトン黄金期の再来をフェラーリにもたらしました)

ベルガーが第10戦ドイツGPで優勝するものの、アレジは勝利を挙げられませんでした。

ベルガーが引退を表明し、アレジもチームを去る決意をします。

勝てないアレジの評価は下がり続けましたが、実際にはベネトンの競争力が低下していった為であり、1996、1997年とコンストラクターズ3位だったベネトンは、翌年には5位にまで落ちてしまうのでした。







1998年、ザウバー C17



アレジは 12回完走し、そのうち4回入賞、第13戦ベルギーGPでは3位表彰台を獲得しました。

まあ、中堅チームのザウバーではこれが精いっぱいだったでしょう。

チームメイトのジョニー・ハーバートを圧倒しただけ、実力を示したと言えるかもしれません。






1999年、ザウバー C18



チームメイトは、ブラジルのお坊ちゃま ペドロ・ディニスでした。

C18は信頼性不足で上位入賞がままらなかったものの……ディニスに負けちゃダメだろっ!(汗)






2000年、プロスト AP03



1991年にチームメイトであったアラン・プロストのチームに移籍したアレジ。

デザイナーには、あのジョン・バーナードも名を連ねていましたが、マシンは最悪。

車重は重く、信頼性も欠けていて好成績など望むべくもない。

結局、チームは1ポイントも得ることができず、コンストラクターズランキングでは同じく無得点のミナルディにも完走率で下回ったため、最下位でシーズンを終えました。






2001年、プロスト AP04/ジョーダン EJ11



プジョーエンジンも、ゴロワーズなどの有力スポンサーも失ったプロスト。

何とか昔のツテで(?)フェラーリエンジンを得て(ちなみに、フェラーリではなく「エイサー」を名乗った)、性能的には2000年を上回ることが出来、アレジは第12戦までに4ポイントを獲得します。

しかし、カナダGPで5位入賞した際、観客席にヘルメットを投げ入れたところ、一緒に高価な無線装置を失くしてしまったことにプロストが激怒、両者の関係は悪化します。(高価ったって何千万円もするわけじゃないだろうに……まあ、プロストGPは このシーズンを以て破産、消滅したくらいですから「たかが無線装置」じゃなかったんでしょうね)


結局、アレジはドイツGPを最後にチームを離脱しジョーダンに移籍。



EJ11は、昨年までの無限ホンダ エンジンから、ワークス仕様のホンダエンジンが搭載されていたこともあって、プロスト AP04よりも格段に戦闘力のあるマシンでした。

アレジは移籍2戦目のベルギーGPで6位入賞したのを始め、ジョーダンで走った5戦中4戦を10位以内で完走するなど、手堅い走りを見せました。

アレジはジョーダンとの2002年の契約延長を望みましたが、チームがホンダエンジンの供給を巡って佐藤琢磨との契約を選んだ為、この年を以て引退する事となったのです。






アレジの選択って、ことごとく裏目に出ている気がしますね。


1991年に、もしウィリアムズに移籍していれば、その後 黄金時代を迎えるウィリアムズで30勝くらい出来ていたかもしれません。


フェラーリからベネトンへの移籍も、シューマッハが主要スタッフを根こそぎフェラーリに引き連れて行ってしまった為、チャンピオンチームへの移籍だったにも拘わらず、まるで出がらしの様なチームになっていました。


プロストへの移籍は、泥沼に嵌っていたチームへの移籍で、まともな成績など期待出来る筈もなかった。


ジョーダンへの移籍にいたっては、来期の契約延長の可能性の無いチームへの移籍であり、まるで引退への花道を飾る為の移籍の様でした。


結局、アレジが一番輝いていたのは、1990年の開幕戦 アメリカGPだったかもしれませんね。
Posted at 2020/11/13 00:39:18 | コメント(1) | トラックバック(0) | F1 | 日記

プロフィール

「@タケラッタ
そう言えば、旧民主党政権が選挙時はガソリン暫定税率廃止をマニフェストに掲げてたのに、政権を取ったら、一応「暫定税率は形式上廃止」したものの、結局「当分の間、税率水準を維持」で誤魔化し、現在に至っているんだよなぁ。
歴史は繰り返す?」
何シテル?   08/26 04:56
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